ロスト·エモーション ニコラス·ホルトとクリステン·スチュワートの美しい愛物語!!あらすじ感想

映画

写真:https://www.sonypictures.jp/he/2214245

感情を抑えて生きる社会!!穏やかな余韻を残しながら愛を考えさせてくれるニコラス·ホルトとクリステン·スチュワートの美しい愛物語!!

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2017年3月4日に公開された映画“ロスト·エモーション”は、感情が消えた未来のディストピア社会を背景にしています。

この映画は、感情を持つ事が病気として扱われる仮想社会で、起こる出来事を描いた映画です。

二人がお互いに感情を持つようになって生じる危機と二人の人物の心理が、主な内容であり、感情が消えた社会から、愛するようになる二人の男女の姿を描いています。

リドリー·スコット製作総指揮、ドレイク·ドレマス監督がメガホンを握り、多くの人々に人気の映画である”アバウト·タイム~愛おしい時間について~”の制作スタッフも参加しました。

主演に、”マッドマックス 怒りのデス·ロード”のニコラス·ホルトと”トワイライト”シリーズのクリステン·スチュワートで、世間に大きな注目を集めました。

更に、”メメント”のガイ·ピアース、”世界にひとつのプレイブック”のジャッキー·ウィーヴァーなど、ベテラン実力派俳優陣が彼らの脇を固めます。

映画は、第72回ヴェネツィア国際映画祭と第40回トロント国際映画祭に公式招待され、作品性が認められました。また、2014年には、カンヌ映画祭のフィルムマーケットで、35カ国先行販売されました。

日本でも撮影が行われ、世界的建築家の安藤忠雄の建築物がバックグラウンドに使用されました。

本作は予想以上に、あちこちに招かれて好評を博した作品です。

 

スタッフやキャスト

脚本:ネイサン·パーカー

監督:ドレイク·ドレマス

音楽:サッシャ·リング / ダスティン·オハロラン

主題歌:Apparat / The Past

登場人物 / 役者

サイラス / ニコラス·ホルト

ニア / クリステン·スチュワート

ジョナス / ガイ·ピアース

ベス / ジャッキー·ウィーヴァー

ジョージ / トビー·ハス

レナード / デヴィッド·セルビー

アイリス / オーロラ·ペリノー

マーク / スコット·ローレンス

レイチェル / ベル·パウリー

ケイト / ケイト·リン·シール

 

ロスト·エモーション あらすじ

あなたも感じますか??

全ての感情が統制され、愛だけが唯一の犯罪になった感情統制区域。

ある日、同僚の死を目撃したサイラス(ニコラス·ホルト)は、現場でニア(クリステン·スチュワート)の微妙な表情変化を見て、彼女が感情保菌者である事を知る。

この感情を憶えてる。

ニアを観察していたサイラスは、生まれて初めて見知らぬ感情を感じ、感情抑制の治療を受けるが、ニアに対する心は、ますます大きくなるばかりだ。

初めて愛という感情を感じるようになったサイラスとニアは、お互いの心を確認して愛を分かち合うが、思いもよらない危機に直面する。

結局二人は、愛を守る為の脱出を決心するのに..

 

ロスト·エモーション 感想

映画では珍しい素材でもあり、その為、この設定が新鮮に感じられました。

特に感情を感じる人を、<感情保菌者>と表現する事が印象的だったが、高度に発達した社会で感情という仕事の能率を誤る一つの要素として、消費されるというのが、異質的で凄く斬新でした。

 

欠かせない感情

最大化された生産性のために先進国が選択した方式。遺伝子組み換えによる完全な感情コントロール。対話、関係等のいかなる状況の中でも、存在しない感情。

映画”ロスト·エモーション”に登場する人々は、一様に感情がありません。自殺した人に対する悲しみも、事件事故に対する驚きも感じられません。自殺した人は、<感情統制の誤り>という病気にかかっただけです。

彼らは感情無く、本人に与えられた仕事をしながら国家の生産性に寄与します。

果たして、これが正しいのか。感情は無くても問題無いのか。

現在、精神医学分野では”無感動””無神経”を意味する用語。つまり、感情の不在を指して、”楽しさも不快さも経験しない状態”の事を言います。詳しく、これを”感情遁魔”と称して無感情、感動が無くなってしまったように見えるのと、自発的な活動性にも欠ける精神状態を指します。

重度の憂鬱状態や精神分裂症でも見られ、時には心因性ショックや混迷などでも見られます。努力喪失、意欲喪失、他人との感情的なコミュニケーション喪失。

こうやって感情を隠したり、押さえつけるだけでは危険な事であり、過剰な感情の節制は、鬱病や衝動調節障害のような精神的な問題を起こす事もあります。過度に自分の感情を隠す事も、過度に自分の感情を抑える事も危うい仕事でしょう。感情を表に出すからといって弱い存在になるのでもなく、自己中心的な人になる訳でもなく、未成熟な人格体になる訳でもない。

適切に自分の感情を表現して曝け出す事こそ他人と、ひいては世の中と疎通する第一歩になるでしょう。

感情の無い町には、犯罪や暴力事件など決して無いでしょう。その為、映画は非常に静かに進行されます。しかし、少し息が詰まるような様子です。しかし、人間に感情が起こるのは当然なのです。その感情によって、喜びと悲しみが、全て分かります。死を免れない事は、死を意味するものです。その為、都市は活気がありません。

恋人同士が好きになる時は、多くの感情を感じ、幸せになる。しかし、お互いに対する誤解と感情が、積もるにつれて、愛した感情が冷めてしまい、別れる事もある。その時の恋人は、お互いに対する感情が消えて、他人になる。

しかし、サイラスとニアは少し違う問題です。自分の物ではなく、他人によって、失われた物だからなのです。世界で起こる多くの事に、感情的に起こっていない事はないようです。愛して、嫌いで、など数多くの感情が絡まったこの世の中で、私達が生きていく。全てが蜘蛛の巣のように絡み合い、本当に感情を無くしたら、世の中は平穏に見えるが、本当にそうだろうか、疑問に思います。

その感情を通して私達は、多くの事を学ぶ事が出来るからです。感情を抑えて生きると言ったが、抑えるというよりも、薬で神経を調節する事なので、事実、人間のある部分を停止させたと見なければならないようです。

好きだった心が断られて、痛かった記憶は誰にもあるはずでしょう。その時、このような感情を感じたくなくてたまらない時、私達は感情なんか無かったらと思います。しかし、振り返ってみると、その感情があったからこそ、何かを考える事が出来ました。たとえ、それが手痛い苦痛であったとしても、人は感情が無ければ、生きていけません。

<人に客観はない。主観だけがあるだけだ。そして人間を理性的な存在だと包装するが、実際感情だけがある存在であり、理性はその感情をコントロール出来る立派な道具だ>と言う。しかし、だからといって、感情が悪い訳ではない。感情は非常に危険なものかも知れないが、それを通じて得られるものがあるからこそ、まるで両刃の剣のように、感じられます。

感情が極度に抑制された社会、いや感情のない社会は、果たしてどうなのでしょうか。感情は、どんな機転で生まれるのでしょうか。そのメカニズムは医学的に解明されていません。それにもかかわらず、この映画では、果敢に、感情の無い社会と組職を盛り込んでいます。

他にも、このような映画があります。クリスチャン·ベイル主演映画”リベリオン”が浮び上がって、アイルランドの事も思い出します。感情は罪悪である社会を夢見るが、結局感情は人間本来のものであり、絶対統制されたり無くなったりしないというメッセージを残した映画です。また、感情の無い社会と組織は、主人公達によって崩れ破壊され、人間本来の正常な感情が生きている所に戻るという結末の映画です。これらの映画は、社会や組織との戦いを繰り広げる事になり、アクションが伴う映画です。アクションによって、メッセージが埋もれてしまった、そんな映画です。

しかし、”ロスト·エモーション”は他の映画とは、かなり違います。感情統制と男女間の愛が、犯罪である事は確かだが、アクションはありません。社会と組職を瓦解させる為の、もがきもありません。ただ、感情を感じる2人の主人公の心理的変化と苦痛、そして愛だけが描かれているだけです。感情が統制され、泣く事も笑う事も出来ない人間の多様性が、埋没した社会を考えると、しばらくの間のぼーっとではなく、永遠のぼーっとなら生きられない所だという気がします。

感情の無い社会は、荒涼さです。感情が戦争をもたらし、人類を苦痛と死に至らせても、それは人間だけが持つ原初的な本能です。

誰もが抱く愛情

愛とは何かについて、疑問を抱く事がよくあります。本、音楽、映画などの様々なメディアで、愛について多く語られます。世界がピンク色で、その人の為に全てを諦めて..などなど、私達は愛を経験する前に、愛について学びます。

”ロスト·エモーション”の興味深い要素は、愛を始めとする感情を、全く知らない状態で感じる私達の感情の変化を示しています。だから純粋なのです。

感情がコントロールされるところでの恋物語。テーマから強く引っ張って来ました。

お互いを見つめる眼差し。お互いに向け合う用心深い手。

初めてなので、ぎこちないですが、とても拒否出来ない愛という複雑な感情を、目つきと表情だけで表現してくれます。お互いに届けたい、その感情まで、そのままで。

お互いに恋に落ちるのには、理由があるでしょうか。いつの間にか、目をつけていた存在が、心の片隅に留まる。初めて感じる激しい感情に恐れながらも、彼らはお互いに頼ったまま胸を従う。感情も無く、ただ国家の言う通りに生きて来た彼らとしては、新しくて恐ろしい挑戦だったのでしょう。映画では、これを良く表現します。

互いの視線と手の一つ一つが、大波のように押し寄せ、そのように彼らは恋に落ちます。

当然のように受け入れたものを、新しく感じさせてくれます。愛という感情を、初めて感じるという設定の上に、見せてくれた愛は純粋でした。暖かさ、ときめき、幸せ、安らぎのような単語自体だけでも、感じられる感情。

愛は正義が、不可能なのではないでしょうか。分類して定義し、客観的に知らせる程、本来の意味は色褪せていくようです。お互いへの思いに、集中すれば十分なのです。

ニアとサイラスは目を合わせ、手と手を確認し、近付いて互いに抱き合って、慎重に口付けをする。キスも知らない人々が、お互いに惹かれ合ってキスをする。お互いに近付きたい気持ち、温もりを渇望して、相手が生きている事を知らせる息遣いを確認したい気持ち、そういうものなのです。

自動化、機械化されていく世の中でも、感情の交流とは必ず必要だという示唆を残した映画は、感情と記憶を全て持つニアと、感情は忘れて記憶だけ持つサイラスで終わります。にもかかわらず、一緒に旅立つ事、それが愛のようです。

愛は全て与える事、何を与えなければならないかも知れないが、全て与える事。

いくら薬で感情を統制しようとしても、感情は消えず、感情の中で最も強いエネルギーを持った愛は、これを乗り越える事が出来るというエレメントなのです。

 

逆説的な設定と我々が進むべき方向とは??監督の意図

私達は既に、”ロスト·エモーション”のような社会に、生きているのではないでしょうか。

映画を見てみると、確かに異質的不自然に見える姿が多いです。しかし、少し見てみると、私達が生きている現実と非常に似ているという事が分かります。

社会と大人の世代が作っておいた、枠組みと成功ルートに合わせて同じ勉強をして、同じ目標と結果に向かって進み、そこに少しでも、疑問を抱いたり遅れをとっては、脱落者になってしまう世の中だという事です。

映画で、最も興味深かった点は主人公達の職業です。感情が徹底的に統制された社会であるにもかかわらず、彼らは、最も感情を多く必要とする芸術分野に従事している為です。ニアは作家で、サイラスは文章を土台に、イメージを具現するグラフィックアーティストです。

サイラスの絵も、感情を表現する芸術とは程遠いです。彼のイラストで最も重要なのは、絵が人々に与える印象ではなく、絵の中の要素が事実と正確に合致しているかどうかです。

デューイの教育思想を借りて、芸術は経験があるからこそ、すぐに存在し得ます。人間は、日常と向き合う美的経験を基に、芸術の誕生を引き出す能力と、立派な芸術作品の中で芸術性を把握し、共感する視線を備えます。逆説的にも、特別ではないなじみの中から、更に特別な愛着を引き出す事が出来るのです。

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これを映画の中に代入してみると、画一化された視聴覚要素で統制されている先進国の社会は、社会構成員にいかなる芸術的経験も許さない事で、完璧に芸術の萌芽を切り取った社会であります。その為、サイラスの絵を見た仲間はもちろん、絵を描いたサイラス本人さえも彼の絵から、芸術的感興を認識する事が出来ません。

多くの方もご存知のように、芸術家ほど感情に充実していて、様々な経験を通じて、自分の感情を作品につぎ込む職業もないと思いますが…徹底的に感情が統制された社会で、このような職業が残っているという設定自体が、アイロニーでありながら面白かったのだと思います。実際に、こんな職業が感情に影響を受けるという事は、映画の途中で、ニアを通じて見せたりもします。

では、監督はこの映画を作る時に、意図していた事が何だったのでしょうか。

おそらく、どんどん乾いていく私達の情緒に、警告を与えようとしたのではないでしょうか。もちろん、多くの人達が感情に正直になり、感情に流されて行動したら、非効率的で日常生活に支障をきたすかも知れませんが、その様な感情によって、私達がこの程度に豊かに暮らしているという事を、もう一度想起させるのです。

 

話が後半に進むにつれて、”ロミオとジュリエット”が浮かんで来ました。隔離されるヒロイン、相手の死に対する誤解、すれ違う2人..実際、ニコラス·ホルトに向けたファンの心だけで選択した映画だが、全てを見て出ると、もう少し考えるべき要素があります。

まず、二人の俳優の演技です。”ウォーム·ボディーズ”、”マッドマックス 怒りのデス·ロード”、”X-MEN”シリーズなどのフィルモグラフィーを持つニコラス·ホルトは、子役出身で演技人生20年以上の、非の打ち所のない俳優です。演じる役柄ごとに美貌を隠す扮装のお陰で、彼の演技力に集中出来る俳優でもあります。

そして、米女優初となるセザール賞受賞の”アクトレス~女たちの舞台~”のクリステン·スチュワート、彼女も子役出身であり、大ヒットした映画”パニック·ルーム”から、ヴァンパイア映画シリーズの”トワイライト”のベラ役としても、幅広い活躍で、名を馳せました。そんな二人の呼吸が、気に入っています。

ニコラス·ホルトとクリステン·スチュワートの感情演技は、非常に驚異的です。押さえつけるしかない状況での苦痛が上手く描かれていて、お互いへの愛の渇きがよく表現されています。内容の特性上、俳優の顔をクローズアップする場面がとても多いんですが、目つきだけ見ても、彼らがどんな感情なのか分かる程、俳優陣の演技力が素晴らしいです。目がまた、どうしてこんなに美しいのか。

ニコラス·ホルトとクリステン·スチュワートの魅力的な眼差しに完全に心を奪われ、抜け出せない感じでした。

映画の背景も、また彼らの感情をよく表す手段だったと思います。主人公の感情によって、変化する背景色感のお陰で、もっと没頭して見る事が出来ました。ポスターさえもが、夢幻的な異色感なのです。主人公達の視線、手振り、全てが愛を表現している為、もっと切なく切ないです。

 

特に、初~中頃にセリフが本当に少ない方だが、その空白を二人の微妙な表情の変化、まつ毛の瞬きや手の小さな動き、息、そして目で十分に埋めています。これはこの映画のジャンルが、ドラマロマンスである事を、強く主張しています。

SF面に大きな期待をかけてはいけません。<全てが統制される社会>、あるいは<ユートピアを装ったディストピア>という背景には、既に慣れています。これ以上、特別な事のない、この未来社会を基盤にした映画で注目すべき点は、その未来社会を映像でどれ程よく見せてくれたかでしょう。

映画が終わるや否や感じたのは、芸術映画の定義に符合しないが、単純に美学的な面で低予算芸術映画のようでした。先進と発展であり、抑圧と統制、二重的な意味を意味する白色は、映画の間中、絶えず目につきます。全体的な色感と時には鮮やかに映し出される他の単色が、単純ながらも美しいです。

<感情(愛)=犯罪>という公式を強調しているこの世界観は、主人公達の愛を、制度的に妨げる為の装置としか見えません。結果的に、感情が効率と存続と安定に何故邪魔になるのか、説得力を持ちません。

厳格な世界観の下で、2人はあまりにも簡単に愛を交わします。しかし、その過程に挿入されるクローズアップと、先に言及した些細な演技、そして、何よりも神秘的な雰囲気を漂わせる、OSTの調和が完成度が高く、素晴らしいです。

また、映画のコンセプトが<感情統制>に基づいた為か、全体的にホワイトトーンにすっきりとした上、冷たいトーン&マナー、ロボットのように動く人々。この映画の静粛な設定が、映画にもっと集中出来るようにしました。静的なミジャンセンと演出、感覚的な色味とOST、全ての演出的な要素が水が流れるように、一貫して作用しており、映画のはっきりした主旨です。

もう一つ新鮮だったのは、アングルを取る時、あのように画面の一部を隠す演出を、よく見せるという事でした。2人が次第に、相手に夢中になる映画の後半部に、特に多く登場します。

観客の立場からは、隠れて見ているような気がして、映画のクライマックスに向かう頃には、本当に息が詰まる程でした。2人の主人公が、初めて感じる感情に苦しむ演技も本当に響いたが、あのようにカメラを持つと、主人公の感情線に、更に移入するようになり、映画により没頭する事が出来ました。

劇中では、感情を感じる事自体が犯罪人設定なので、お互いの感情に気付き交わす主人公達のそのはらはらさと、不安定な感じが演出的にも表れて良かったです。

そして、この映画が初めて出た時から、注目された点は、色味に対するノイズです。青い光の照明がよく使われるが、白くメタリックな建物の間に、青い照明は理想的な感じを与えます。そして、二人の感情線によって、青い照明は明度や彩度を異にします。確かに、その点一つだけでも、この映画を見る価値はあります。

主人公であるサイラスとニアが感情を悟り、お互いに交感し始めると完全に変わる事になります。特に印象的だったのは、映画の序盤、無彩色で埋め尽くされていたスクリーンは、主人公が感情を自覚するにつれ、次第に異質点が一つずつ生まれていくという点です。

映画の登場人物は、皆白い服を着ています。人々は、感情も魅力も個性も無い。ただ、一つの社会の構成員に過ぎない。しかし、サイラスとニアがお互いを、この世のただ一人と考え、感情交流する時は、様々な色が彼らを包み込みます。互いの存在を通じて、世の中を違う目にするようになったという点を、色を通じて表現した点は、最高に印象深かったです。サイラスは、真に自分の感情を表現した絵を描くようになり、真っ白で整った衣服は、時折たるんで自由なグレーの服装に変わります。

彼らが密かに愛し合うトイレ、そして街中では、次第に光が差し込む色彩感も感じられます。終始一貫して憂鬱で青い色感で、静的な雰囲気です。溌剌とした雰囲気ではありません。そしてあんなに、始終一貫して青い色感だが、途中に暖かい色感も一緒に出て来るのにその演出が、本当に最高です。

映像美も引き立っており、色彩と光を活用した映像美です。サイラスとニアが感情を持ち始め、青い光の映像がピンクに、微妙に変わる時の演出が、本当に最高で最も好きでした。死なない為に、暗い所で感情を交わすサイラスとニアを、シルエットで見せてくれたのは、この映画の雰囲気とよく合う演出でした。とても感覚的で、美しかったです。

また、二人が会う場面では、エクストリームのクローズアップショットが、沢山出るが、実はこれは気にしなければならない部分だが、気にし始めると凄く刺激的な部分です。感情を感じた事の無い人々が、感情に気付き始めてから、混乱の中に本能的なものが混ざって、入り込みやすいです。

 

映画”ロスト·エモーション”は、主人公が感情を悟っていく過程を、慎重に表現しています。

サイラスとニアは、お互いあまり喋らない。表情、目つき、身振りなどで感情表現をする。見る人さえ、息を殺す程に慎重でした。

遺伝子組み換えで、感情が取り除かれた世界で感情が、生き返った人々の愛の物語。

節制された音楽と映像の中で、更に光を放つ2人の俳優の繊細な感情演技。

あんまり飾ってないのに、2人の俳優は美しさが溢れているので、ずっと美しさに魅了されました。実際、ニコラス·ホルトとクリステン·スチュワートに、観客が切なく思う程、お互いを愛する演技が、あまりにも上手でした。アイルランドのような雰囲気だと思ったが、最初から最後まで、本当に静寂な映画でした。

その上、胸を締め付けられる感動があります。

息が詰まるようなロマンス、二人の愛を探していく過程が、本当に美しくて綺麗でした。

 

ロスト·エモーション まとめ

 

私達が実際に生きている現代社会の”ロスト·エモーション”は、主に<同等>の意味で、平等的価値を持った人間中心的用語であるのに対し、映画の中の社会の”ロスト·エモーション”が、示唆する所はこれとかなり乖離します。

地球規模の大戦争を経験して、生き残った文明社会国家先進国。アポカリプスを経て形成されたという背景が与えた影響なのか、この社会が何よりも重要視する事は、安定及び存続であり、個人はそのような社会の為の道具に過ぎない。

その為、全ての社会構成員達は、感覚と感情が統制されたまま、画一化された姿で日常を生きています。同じ表情、同じ衣装、同じ住居空間で生活する人々の姿からは、人間味が見られません。無彩色に満ちた街中で唯一目にする色は、自然の緑陰だけで、静寂の中で人々が一斉に検査台を通過する音さえ、画一化されています。

先進国の社会は、個々人の感情を統制、除去し、彼らを画一化した働き手に育てます。予測不可能な感情、個々人の個性など、彼らが考えるに、社会の安定を少しでも脅かす可能性を持ったと見なされるものは、早くに切り捨てます。反社会的行動を起こす恐れがあるか、社会の働き手としての効率を果たせないという理由からでしょう。

それなら彼らが一体誰だから、社会の得と失になる要素を、勝手に判断して感情と愛を統制するようになったのか??

彼らは、どのようにして作られた存在なのか??

私達は、自然にこのような質問を投げかけてみる事になります。映画を見れば分かるように、彼らはすなわち個人であり、社会そのものです。個人と社会の関係は、鶏と卵の論理のように相補的な関係を維持するが、何よりも重要な事は、個人が集まって社会を作ると同時に、社会もやはり個人を作るという事です。そして、その中心には教育が位置しています。先進国社会の養育体系や教育機関について、詳しく知らせないのは惜しいが、人物のセリフや社会の雰囲気、例えば、移動手段、街角、更には個人の住居空間内まで、絶えず再生される詰め込み式の映像を、その例に挙げる事が出来ます。

それらを見れば、先進国の教育こそ、現在の先進国作りに、最も大きく貢献したのではないかと、推論する事が出来ます。

個人的には、感情の欠如に気付くや否や、<感情は病気ではない>という結論に、難なく辿り着いた二人の主人公を見て、凄いと思いました。生まれた時から数十年間教育を受けてきて、社会に通用する真理だと信じていた概念を、単純に変えるのは非常に難しい事です。正しい教育と環境が個人、ひいては正しい社会作りに、教育が与える価値と重要性は、個人的にも社会的にもその重みが大きいです。

感情を感じて表出するのは、非効率的、非生産的、非合理的なだけでなく、未開のものと判断される所で、<愛>という感情を持つようになった主人公達に、やや刺激される部分がありました。人間は理性だけでは定義されません。感情も人間が持つ重要な資質の一つだと思います。

自分が感じた感情を羅列してみましょう。

悲しみ、幸せ、恐ろしさ、可哀想、愛、嫉妬、希望、憎悪..感情は、思い通りにやってくる訳ではありません。

ただ、自分だけが知っている、自分の存在の理由かも知れません。

否定的な感情に苛まれ、面倒だと感じた時にその答えを見つけます。

毎瞬間、自分が感じるこの感情に、感謝しましょう。

悲痛な感情は全て、幸せ、愛、希望の為の感情なのです。

私達が生きていく上で、感情というのは必須要素であり、家族間の暖かい愛情、恋人の熱い愛。

この全ての愛は、人間の感情から始まったのではないでしょうか。

そんな感情の大切さについて、描いた映画が、”ロスト·エモーション”なのです。

 

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