フォードvsフェラーリ クリスチャン·ベールとマット·デイモンの感動の秀作を起こした驚くべき実話

映画

公式HP:http://www.foxmovies-jp.com/fordvsferrari/

自尊心をかけた不可能を楽しむ2人の男の対決の始まり!!クリスチャン·ベールとマット·デイモンの感動の秀作を起こした驚くべき実話が繰り広げられる!!

“LOGAN/ローガン”(2017)のジェームズ·マンゴールド監督が演出した、2019年作のレーシング伝記映画。

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バットマン ビギンズ”(2005)のクリスチャン·ベール、ボーン·アイデンティティー”(2003)のマット·デイモンといった豪華俳優が、ダブル主演として、この映画を華やかに飾ってくれます。

1966年、フォードのCEOだったヘンリー·フォード2世の命令に従って、当時のル·マン24時間レースの最強者フェラーリを倒そうとするフォードの挑戦の歴史と、その後ろにあったシェルビーアメリカンの自動車デザイナーとエンジニア達の話を描いています。

トロント国際映画祭、ロンドン国際映画祭、テルライド映画祭に公式招待されました。また、第92回アカデミー賞授賞式の4部門にノミネートされ、音響編集賞と編集賞を受賞しました。

マット·デイモンは、キャロル·シェルビーという過去のル·マンレース優勝者出身の役、クリスチャン·ベールは、田舎の自動車整備工のケン·マイルズ役で、息の合うコンビを組んでいます。

そして、2人の対決ではなく、2人はフォード指揮下のレーシングチームでフェラーリと対決する事になるのです。

2時間30分に及ぶ映画で、キャロル·シェルビーとケン·マイルズの関係、二人の人生と背景などが序盤に描かれ、フォード社のミッションが伝えられ、キャロル·シェルビーとケン·マイルズがル·マン24時間レースの優勝を目指して自動車を開発する過程が途中の内容で、デイトナ24時間レースとル·マン24時間レースが開かれる過程を、ダイナミックに描いた後半の内容で、映画が続きます。

こうして、展開する過程が着々と段階的に進められ、爽やかで賑やかでスピーディーなカーレーシング競技の場面も迫力のある姿で繰り広げられます。

スタッフやキャスト

脚本:ジェズ·バターワース / ジョン=ヘンリー·バターワース / ジェイソン·ケラー

監督:ジェームズ·マンゴールド

音楽:マルコ·ベルトラミ / バック·サンダース

主題歌:Greta Van Fleet / Highway Tune

登場人物 / 役者

キャロル·シェルビー / マット·デイモン

ケン·マイルズ / クリスチャン·ベール

リー·アイアコッカ / ジョン·バーンサル

モリー·マイルズ / カトリーナ·バルフ

ヘンリー·フォード2 / トレイシー·レッツ

レオ·ビーブ / ジョシュ·ルーカス

ピーター·マイルズ / ノア·ジュープ

エンツォ·フェラーリ / レモ·ジローネ

フィル·レミントン / レイ·マッキノン

ロイ·ラン / JJ·フィールド

チャーリー·アガピオウ / ジャック·マクマレン

ジャンニ·アニェッリ / ジャン·フランコ·トルディ

ブルース·マクラーレン / ベンジャミン·リグビー

デニス·ハルム / ベン·コリンズ

ロレンツォ·バンディーニ / フランチェスコ·バウコ

ドン·フレイ / ジョー·ウィリアムソン

ダン·ガーニー / アレックス·ガーニー

フランコ·ゴッツィ / コッラード·インヴェルニッツィ

グレンジャー医師 / ウォレス·ランガム

フォードvsフェラーリ あらすじ

20世紀スタジオ 公式チャンネルよりhttps://www.youtube.com/watch?v=4rcKCkcp5gE

1960年代、売上減少に陥った<フォード>は販売活路を見出そうと、スポーツカーレースを掌握した絶対的な1位の<フェラーリ>との合併買収を推進する。

莫大な資金力にもかかわらず契約に失敗し、エンツォ·フェラーリから侮辱されたヘンリー·フォード二世は、ル·マン24時間レースでフェラーリを破壊する車を作るよう指示する。

世界3大自動車レーシング大会であり、地獄獄のレースと呼ばれるル·マン24時間レース。

出場経験さえないフォードは、大会6連覇を達成したフェラーリに対抗する為、ル·マンレース優勝者出身の自動車デザイナー、キャロル·シェルビー(マット·デイモン)を雇い、彼は誰とも妥協しないが情熱と実力だけは最高のレーサー、ケン·マイルズ(クリスチャン·ベール)を自分のパートナーに迎え入れる。

フォードの経営陣は、自分勝手なケン·マイルズを目の敵のように思って、自分達の好みに合わせたレースを展開する事を強要するが、2人はどんな干渉にも屈する事なく、不可能を乗り越える為の疾走を始めるのだが..

フォードvsフェラーリ 感想

フォードvsフェラーリは、カーレーシングを素材にした映画です。

実際に存在したカーレーサーの実話を基にしているという点では、ラッシュ/プライドと友情”(2014)と似ています。ラッシュ/プライドと友情”(2014)が、1年間全世界を回りながら、巡回レースを繰り広げる厳しい旅程のF1グランプリを背景にしたとすれば、フォードvsフェラーリは、24時間開かれるフランスのル·マン24時間レースを背景にしています。どちらの大会も有名なカーレーシング競技なのですが、少し違います。

·マン24時間レースは、1台の自動車で24時間走らなければならない為、車の耐久度が丈夫でなければならず、その為、車をPRする場でもあります。映画で、フォードとフェラーリの自尊心対決が繰り広げられたのも、大会のそのような背景があってこそです。反面、F1グランプリは、誰の方が速いかというスピードの対決です。1年間各国を回りながら行われるという点で、規模や費用が、ル·マン24時間レースより大きく、スピードの王様を決める競技です。

70-90年代に作られたF1グランプリ、レニー·ハーリン監督のドリヴン”(2001)、そしてラッシュ/プライドと友情”(2014)が、F1グランプリ大会の素材で、スティーブ·マックイーン主演の栄光のル·マン”(1971)フォードvsフェラーリが、ル·マン24時間レースを背景にしています。

フォードvsフェラーリで、ル·マン24時間レースに先立って披露されたデイトナ24時間レースがあり、その大会を背景にした映画が、トム·クルーズ主演のデイズ·オブ·サンダー”(1990)でした。そういえば、カーレーシング映画も結構あった訳です。他にも有名俳優が出演した映画の中で、カーク·ダグラス主演のスピードに命を賭ける男”(1955)、ポール·ニューマン主演のレーサー”(1969)なども、カーレーシング素材の映画でした。 

有名俳優が出演したカーレーシング映画が代表作ではなく、多少平凡な映画だったのに比べ、ラッシュ/プライドと友情”(2014)は、かなり傑作でした。この映画が、カーレーシング映画の最高峰だったと思いますが、それに匹敵する作品が、フォードvsフェラーリです。

両映画とも実在の人物を扱った作品で、有名カーレーシング大会のF1グランプリとル·マン24時間レースを扱っており、二人の男優の共演という点も似ています。ラッシュ/プライドと友情”(2014)は、ライバル関係の2人の男の競争と尊重を扱っていますが、フォードvsフェラーリは、同僚関係の2人の男の友情を扱っています。

フォードvsフェラーリでは、<自動車会社の神話>ともいえる大グループ·フォード社で、重要なミッションを受けて働く事になったキャロル·シェルビーとケン·マイルズですが、それまでの過程は、それぞれ人生の挫折と痛みがありました。

キャロル·シェルビーは、有能なカーレーサーで、ル·マン24時間レースの優勝者でもありましたが、心臓の問題で早く引退しなければならず、その為カーレーサーとしての栄誉を、長く受け継ぐ事が出来ませんでした。それでも、キャロル·シェルビーは若くして、レーシング競技の優勝者であり、それなりに成功した人生を送ってきた方ですが、ケン·マイルズは、愛する妻モリーと息子のピーターと幸せな家庭を築いてはいるものの、貧しい自動車修理工に過ぎず、運営するカーセンターも差し押さえられています。自由な魂のように生きているが、あまり実利はない家長ですね。

そんな状況で、2人はフォード社から良い条件でスカウトされ、フェラーリを倒す為に連合して、最上のレーシングカーを作る事に、渾身を尽くして没頭します。  

このような自動車製造過程そのものも面白いが、何より本物は、どうしてもレーシング競技です。レーシング競技の場面がかなり長く見えていて、それで映画の時間も、十分長いランニングタイムにしたのです。二度目の大会がかなり長く見られ、ル·マン24時間レースでの醍醐味が、かなり緊迫感のあるものになっています。24時間開かれる大会という特徴があるので、長く見せるのに適しています。

実際に1960~65年の間、フェラーリ自動車が、ル·マン24時間レースで優勝を続けましたが、1966年に遂にフォード自動車が初優勝を果たし、以降69年まで4年間連続でフォード優勝を果たします。

もちろん、それ以降はフォード自動車が優勝していません。ポルシェに、完全に押されてしまいます。この映画は、フォードが優勝する1966年大会を背景にしています。

マット·デイモンとクリスチャン·ベール、2人の俳優が全面的に引っ張っていきますが、2人の俳優のイメージが違うように、映画の中で見せる性格も違います。

内面はもちろん、外見まで完璧に自分の体に着せなければならないクリスチャン·ベールと、いつも頼もしいマット·デイモンの好演が強烈です。クリスチャン·ベールとマット·デイモンは、殆ど、この分野の職人のような俳優です。

すっきりとした優等生のように刻んだマット·デイモンは、車の設計者キャロル·シェルビーらしくスマートで几帳面で剛直な人物として扱われ、アウトサイダースタイルのクリスチャン·ベールは、歯切れの良い人物として扱われます。クリスチャン·ベールが演じたケン·マイルズが、より個性の強い人物として登場します。

出演の比重はマット·デイモンが高いですが、映画自体はケン·マイルズに献呈するように作った感じです。クリスチャン·ベールに演技をする機会が、より多く与えられる感じで、実際、彼は巧みなメソッド演技者らしく、ケン·マイルズそのものに没頭した名演技を見せてくれます。

そして、この映画で目立つ悪役は、ポセイドン”(2006)のジョシュ·ルーカスが演じるフォードマーケティング取締役レオ·ビーブです。彼は終始ケン·マイルズを嫌い、どうすれば、彼をル·マン24時間レース競技出場リストから外すか、研究している悪役を演じています。

しかし実在のレオ·ビーブは、ケン·マイルズが嫌いな人物ではなく、彼の生前のインタビュー内容を見ると、「私はレーシングチームの責任者として働き、シェルビーが推薦したケン·マイルズを承認した。彼は無謀な選手だったが、優れたレーシング能力を持っていた」という記録も残っています。

また、彼は優れた事業家として知られており、映画の中のイメージは楽しむ為に、演出されたという話も流れています。しかし、キャロル·シェルビーは、レオ·ビーブとケン·マイルズの間を尋ねる質問に正確に答えず、「私達が知らない事実があるのではないか」という話も流れています。

キャロル·シェルビーとケン·マイルズ

キャロル·シェルビーは、1956年、マウントワシントンヒルクライムオートレースで、フェラーリ375GPロードスターに乗り、1021.8秒の記録を立てて優勝しました。そして、スポーツイラストレイテッド誌で、1956年と1957年、2度も<今年のドライバー>に選ばれました。

また、1958年から1959年まで、フォーミュラ1レーサーとして活動しながら、計8つのワールドチャンピオンシップレースと、数回のノンチャンピオンシップレースに参加しました。

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更に、彼のレース経歴の中で最高に挙げられるのは、1959年、ル·マン24時間レースでアストンマーティンDBR1をコドライバーとして運転し、英国のレーシングドライバーであるロイ·サルバドリーと共に、優勝した事です。

1959年に心臓疾患の為、レースを辞めた後、彼はロサンゼルスに、高性能自動車スクールとシェルビーアメリカン装備及び改造会社を設立しました。

そして、1963年ワールドスポーツカーチャンピオンシップサーキットで開かれたGTクラスレースで、3度優勝、1964年ル·マン24時間レースを4位で完走、1965年に、フォードからGTメーカーのタイトルを取ったシェルビー·デイトナ·クーペが、誕生しました。

1966年、GT40 Mark IIはワールドスポーツカーチャンピオンシップで、フォードにオーバーオールコンストラクタータイトルを与え、ル·マン24時間レースでは123位を、全て獲得した功績を残しています。

ケン·マイルズは、1918年生まれだったので、40代半ばを過ぎた年でしたが、実際その年にも関わらず、有能なカーレーサーでした。遅ればせながら、真価を発揮したケースだと言えます。

ケン·マイルズは、フォード·GT40の歴史を語る時に、欠かせない人物です。フォードは、グランツーリスモの製作を車で改善してくれました。

そして1965年、10年ぶりに、ル·マン24時間レースに再入場します。シェルビーアメリカンチームとして参加したが、結果は、ギアボックス問題で、リタイアになってしまいました。フェラーリ打倒を叫んだが、フェラーリが、王座を守るのを見るしかありませんでした。

1年後、新しいモデルとして、デイトナ24時間レースで優勝した後、ル·マン24時間レースで、フォード1号車として出場します。フォードが、レースを一掃するのに一役買い、全体2位で仕上げとなりました。

映画の中で、ケン·マイルズは整備士として一生を送った後、キャロル·シェルビーの提案に、フォード·レーシングチームに入団するストーリーで進行されます。実在する人物であるケン·マイルズは、第2次世界大戦に参戦した英国のタンク指揮官でした。 

彼はレーシングだけでなく、整備士としても優れた能力を持っており、映画の中のシーンのように、大胆なレーシングスタイルを持っている事から、<ウエスト·コーストのスターリング·モス>というニックネームも、持っていました。

フォード社は、このようにフェラーリを押して、ル·マン24時間レースを占める歴史を書いていますが、だからといって、この映画がフォードの善役、フェラーリの悪役として描写される事はありません。むしろ、フォード社の役員の権威と態度が、不適切に扱われており、そのような経営陣の傲慢に、キャロル·シェルビーが立ち向かう役割です。

そして、そのような経営陣の行動によって、ケン·マイルズが犠牲になる事もあります。大企業という巨大な力を利用した不当な威力行使が見られています。そんな中、キャロル·シェルビーとケン·マイルズが見せる特別な友情が、描かれています。映画では、キャロル·シェルビーの家族関係などは描かれておらず、ケン·マイルズの家と家族のみを映しているのに、それだけケン·マイルズという、<悲運のレーサー>への献呈のような気がします。

映画の中で注目すべき場面

フォードがフェラーリを買収する為に、イタリアに行く場面です。映画の中のシーンでは、フォードがフェラーリを買収しようとしたが決裂し、フェラーリはライバル会社のフィアットに高値で売却出来るように、フォードを利用したように映っているが、これは事実ではありません。

財政難に喘いでいたフェラーリは、既に1959年からフィアットから、財政支援を受けていました。レースに打ち込んでいたエンツォは、フェラーリの全ての資金をレースだけに注ぎ込み、その結果、会社の資金難が続いたのです。そして1965年、フィアットは結局、フェラーリの一部の持分を買収する事になります。全ての持分がフィアットに渡る映画の中のシーンも、同様に事実ではありません。

また、映画の中のフォードがフェラーリに、レーシングチームの独立的な管理権限を与えなかった為、非常に不快な感情を示し、交渉が決裂する場面があるが、これはエンツォ·フェラーリの性格と哲学を、よく表している場面でした。彼は、普段から有名な毒舌家として広く知られており、様々なエピソードがあります。

ライバル社のランボルギーニも、<フェラーリ250>の品質問題を指摘する為に、フェラーリを訪れたが、「トラクターを作れ」と毒舌を聞き、ランボルギーニを建てた歴史を考えれば、エンツォ·フェラーリの自尊心と自負心が、どれ程強かったかが分かるでしょう。

そんな彼に、ル·マン24時間レースに出場出来ないという話は、死刑宣告とも同じだったはずです。この時代、エンツォの自尊心を傷付ける者は、毒舌を避ける事が出来ませんでした。また、映画に出ているのとは少し違うが、実際にフォードが自分達の車を、インディアナポリス55競走に布陣させ、フェラーリが出場出来ないように、阻止した事件が存在します。

映画の中で、エンツォ·フェラーリは、フォードがフェラーリを買収する事になれば、これ以上フェラーリはル·マン24時間レースに参加出来ないという話を聞いて、毒舌を浴びせます。フォードを「デブだ」とからかいながら、ヘンリー·フォード2世は祖父ではなく、2世に過ぎないという話を聞いて、ヘンリー·フォード2世は怒って、ル·マン24時間レースに出場しなければならないと決心するようになります。

しかし、これはやはり映画の面白さの為に、脚色されたものです。交渉決裂により、フォードGTを設立した事は事実だが、フォードはフェラーリの買収に天文学的な金額を投じたが、これをそのまま飛ばしてしまい、フェラーリが自尊心をかけたレーシングで踏みにじるという趣旨で、フォードGTの開発を始めたのです。

フェラーリの鼻をへし折ってあげられるレーシング競技が、まさにル·マン24時間レースでした。車両の優秀な性能も立証し、マーケティングの面でも、莫大な効果を持つ事が出来、フェラーリが独占していたモータースポーツ界に、新しい歴史を書き記す事が出来たのです。

こうして、フォードGTの開発が始まり、5年にわたる長期プロジェクトとして施行されました。映画の中では、キャロル·シェルビーが司令塔を務めて始まるが、実際はジョン·ワイヤーが担当し、実績が良くない為、途中でキャロル·シェルビーに担当者が変わったのです。フォード·GTは、開発を経て様々な変化があり、映画の中のケン·マイルズが乗って、ル·マン24時間レースで優勝した車両は、<MK2バージョン>です。65年と65年に、<MK1>で、ル·マン24時間レースに挑戦したが、これは悲惨な失敗に終わり、キャロル·シェルビーとケン·マイルズが力を合わせて作り出した<MK2>で、66年度優勝を果たしたのです。

そしてケン·マイルズが、1965年のデイトナレースで勝利する場面と共に、同レースで勝利すれば、ル·マン24時間レースへの出場を保障するというのも、映画の中のフィクションでした。実際にケン·マイルズは、これといったトラブルもなく、ル·マン24時間レースへの出場が予定されていたといいます。

最も議論となった未だのミステリー

レーシングの最後に、ケン·マイルズがスピードを落とし、3つの車が並んで入ってきたシーンです。映画の中では、フォード車3台が並んで疾走する歴史的な場面を見たいというヘンリー·フォード2世の要請に、レオ·ビーブがこれを指示したと出ているが、実際にどうして、このような事をしたのかを巡っては、まだ議論が多いようです。

3台の車両が並んでゴールする場面は、明らかに象徴的な事です。この記念的な姿を写真に残す事を、<フォトフィニッシュ>と呼ぶ事になるが、この為ケン·マイルズが、優勝をあっけなく奪われたのは事実です。

ケン·マイルズは映画に出ていたように、大会終了を目前にして、最後のピットストップとなり、キャロル·シェルビーに、<フォトフィニッシュ>を提案された状況を伝え聞く。実際、ケン·マイルズはこれに当然憤慨し、映画の中では、キャロル·シェルビーが「君の選択どおりにすればいい」と言ったが、これは映画的な要素を追加したものとみられます。

ケン·マイルズはこれを断ると、もうフォード·レーシング·チームの一員として参加出来なくなる為、仕方なくこれを承諾したといいます。しかし、それでも一番先に入って来るのはケン·マイルズだったので、優勝は確定したも同然でした。だからこそ、ケン·マイルズもこれを承諾したのでしょう。 

しかし、ピートを離れたケン·マイルズは、自分の車に異常がある事を直感し、ブレーキローターが駄目な事を感知したケン·マイルズは、疑いを提起したが、「異常がない」という返事を受け、結局、レーシングを続ける事になります。ブルース·マクラーレンのクルー達とは、意図的な差別を受けたケン·マイルズとマクラーレンの格差は、次第に縮まり、最終瞬間を8メートルリードするマクラーレン·レーシングチームが、優勝を手にする事になります。

この為、ケン·マイルズは、ル·マン24時間レース初の米国車優勝者とデイトナ24時間レース、セブリング·トリプルクラウンを、一気に逃す事になりました。

また、ル·マン24時間レースのフィニッシュシーンで、ケン·マイルズの車両に意図的に反則を行った事についても、議論が多いようです。しかし、フォード·GTの開発過程で、深い関心を持って開発内容を随時点検し、几帳面な性格の持ち主だった記録を見れば、彼の性格が、完璧主義者に近かったという事実を予測する事は出来ます。

そしてケン·マイルズは、映画に出て来るように、1966816日、リバーサイドレースウェイでキャロル·シェルビーと共に、開発中だったテストカー<フォード·J-CAR>をテスト中、最後のダウンヒルで最高加速し、走行中に車が急に回転し、そのまま転覆してしまいました。その車は壊れ、ケン·マイルズはショックで、飛び出して即死しました。この事故後、問題になった<フォード·J-CAR>は、速度が高い時にリアエンドが浮く現象を修正し、これによって、リアの空気力学デザインが大きく変わる事になります。このように、修正された結果が、まさに、1967年ル·マン24時間レースで優勝した、<GT40MKIV>なのです。

映画で見るよりも、ケン·マイルズのミステリーな死についての実際の物語の方が、遥かに多いそうです。

 「ガンにかかって死ぬより、レーシングカーで死にたい」と言った彼の言葉が、記憶に残る瞬間です。

映画の中で登場したフォード経営陣との摩擦は、全て事実ではなかっただろうが、開発過程に多くの部分を貢献したキャロル·シェルビーやケン·マイルズだったにも関わらず、彼らが経験したはずのネックが、映画の中に溶け込んでいる為、見る人達に、感動と深い余韻を残す事が出来たのではないかと思います。

不当なル·マン24時間レースの結果を迎え、結局、車で死を迎えたケン·マイルズの結末が、更に、濃い余韻を残す事になります。約50年が経った今、ようやく映画に脚色され、再びスポットライトを浴びる事が出来るレーシング英雄が、他ならぬ、ケン·マイルズなのです。

映画の中のフェラーリは、<モータースポーツの皇帝>として、名前を広く知られていました。これは、誰もがよく知っている事実です。フェラーリ創業者のエンツォ·フェラーリは、レーシングに夢中になっており、会社が財政難に陥るまで、レーシングだけに打ち込んで来た人でした。

F1グランプリからル·マン24時間レース時間という耐久レースまで、ほぼ全ての大会を、圧倒的に席巻したフェラーリである為、フェラーリをレーシング競技で制すというのは、どのブランドにとっても、容易ではない挑戦だったはずです。

フォードvsフェラーリ まとめ

この映画は、バディムービーでレーシング映画としても、素敵な作品だけでなく、まるで、一人の車の職人としての焦点を置いています。勝利とスピードが全てではなかったある自動車マニアの人生が、このようにドラマチックに幕を閉じ、感動を与えました。ジェームズ·マンゴールド監督が耽溺したのは、自動車あるいはレーシングそのものではなく、ケン·マイルズという人物そのものだった事を、感じられる演出もまた印象的です。

このように、伝記映画としての慎重さと娯楽映画としての機能を、全て備えた珍しい映画です。映画を見ると、フォードやフェラーリよりも、キャロル·シェルビーとケン·マイルズが残ります。

米国人の愛国心に触れる誘惑が多い素材であるにも関わらず、ジェームズ·マンゴールド監督は、そうする考えが全くありません。フォードとフェラーリのドラマチックな競争を扱うよりも、カーレーシングに参加した2人の男が、大企業システム内の複雑な力学関係の中で、どのような選択をして、自分の信念を守るのかに、監督の関心が傾いています。

その為、金で全ての物を買えると信じる資本主義者達と、金でも解決出来ない事があると信じる2人の男の対決であり、職場とは、熾烈な生活の現場で孤軍奮闘します。ジェームズ·マンゴールドという力量あるドライバーが、重量感溢れる俳優達を燃料に、クラシックなドラマとエンター的な見所の調和を成して、迫力溢れる走りをします。

フォード主義という資本の効用に立ち向かった汗臭い純粋と情熱が、時代のロマンのように流れます。

スピードが与える快感、叙事の緩急が与える面白さが溢れたフォードvsフェラーリは、自動車に関心の無かった人々にも、興味を吹き込む事の出来る立派な映画として、整然と作られています。少なくとも、これまで見た自動車映画の名残をとどめた、素晴らしい映画です。

レーシングアクション映画としての見所と迫力を十分に見せながらも、しっかりした人間のドラマ、俳優陣の優れた演技、メッセージなど芸術的な成就も達成し、自動車に関心の無い人と関心が多い人、大衆と評論家の両方を満足させる、完成度の高い映画と言えます。

結局のところ、このような歴史的な事件が実話だったという事実が、また驚きです。

そして、映画のランニングタイムが、非常に長い方であるにも関わらず、呼吸が遅くなく、途中で適切にユーモアを入れてくれたお陰で、152分もある長いランニングタイムが退屈せず、バランスの良い秀作娯楽映画というのが共通した評価です。特に、劇中の自動車レースを迫力溢れる描写をしただけでも、見応えがあります。

この映画は、全世界にいる数多くの自動車マニア達への、プレゼントのような存在ではないでしょうか。

自動車マニアなら必ず、マニアでなくても一度は、見るに値する素晴らしい映画でした。

 

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