アメリカン・スナイパー 実話に基づくアカデミー賞受賞作!【あらすじ&見どころ感想】 - 山の生活
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アメリカン・スナイパー 実話に基づくアカデミー賞受賞作!【あらすじ&見どころ感想】

映画

公式HP:https://wwws.warnerbros.co.jp/americansniper/

生きているレジェンド!!ブラッドリー·クーパーが魅せてくれる”敵には悪魔 味方には英雄”と呼ばれる男の物語!!

 

2014年に公開された明確化されたストーリーラインで、英雄の裏街道を寂しく描き、感動の秀作を起こした“アメリカン·スナイパー“は、第87回アカデミー賞授賞式音響編集賞受賞作であり、クリント·イーストウッド監督、主演には”アリー/スター誕生”(2018)のブラッドリー·クーパー、”21ブリッジ”(2021)のシエナ·ミラーの、実在人物であるクリス·カイルの同名回顧録に基づいて製作された映画です。

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戦争の惨状、参戦勇士の苦悩と後遺症、その家族が経験する苦痛と犠牲など、これらの映画もまた、他の戦争映画が扱うテーマを同一に扱っています。

“父親たちの星条旗”(2006)などで特徴ある演出力で秀作を作り上げ、戦争映画ファンに良い印象を与えたクリント·イーストウッド監督であるだけに、今回は現代戦、それも久しぶりに<正統狙撃手>をテーマにした慎重な雰囲気が、映画ファンや密徳候を魅了しました。

米国の収益3億5千万ドルを記録し、本土での収益だけで制作費用5千8百万ドルの2倍の1億1千6百万ドルの損益分岐点を越え、14年、全米ボックスオフィス1位を達成すると同時に、クリント·イーストウッド作品の中で、最も高い収益を達成しました。ワールドワイド収益は、5億4千万ドルを記録しました。

アメリカでは、クリスマスの2014年12月25日から、僅か4つの映画館でのみ制限公開され、マーティン·ルーサー·キング·デイ連休の翌年2015年1月16日から拡大公開され、1月末の過去最高興行収入を記録しました。米国では、長期間上映されながら興行を続けた末、北米での興行成績は最終的に3億4970万ドルを記録し、14年、米国最高の興行映画に躍り出ました。

日本でも、春休みを控えた3月封切、週末ボックスオフィス1位にもなり、1814万ドルを稼いで、かなりの興行を記録しました。2139万ドルを稼いだイタリア、2127万ドルを稼いだフランス、2035万ドルを稼いだ英国に続き、米国を除く世界興行4位につけました。

“アメリカン·スナイパー“は、一見するとアメリカの戦争英雄を称える映画のように見えるが、よく見ると、戦争の残酷さにその焦点を置いています。

 

スタッフやキャスト

脚本:ジェイソン·ホール

監督:クリント·イーストウッド

音楽:Joseph S. DeBeasi

主題歌:Ennio Morricone / The Funeral

登場人物 / 役者

クリス·カイル / ブラッドリー·クーパー

タヤ·カイル / シエナ·ミラー

コルトン·カイル / マックス·チャールズ

マーク·リー / ルーク·グライムス

ゴート=ウィンストン / カイル·ガルナー

マーテンス提督 / サム·ジェーガー

ライアン·”ビグルス”·ジョブ / ジェイク·マクドーマン

“D”/ダンドリッジ / コリー·ハードリクト

アル=オボーディ師 / ナヴィド·ネガーバン

スニードDIA捜査官 / エリック·クローズ

スクワール / エリック·ラディーン

トニー / レイ·ガイエゴス

ドーバー / ケヴィン·ラーチ

ギレスピー海軍大佐 / ブライアン·ハリセイ

ウェイン·カイル / ベン·リード

デビー·カイル / エリース·ロバートソン

ジェフ·カイル / キーア·オドネル

サラ / マーネット·パターソン

ロール教官 / レオナルド·ロバーツ

ムスタファ / サミー·シーク

虐殺者 / ミド·ハマダ

 

アメリカンスナイパー あらすじ

特殊部隊の中でも、最強と言えるネイビー·シールズ。

緑の顔の悪魔達、戦争の終結者ネイビー·シールズの間でも、”伝説”と呼ばれた男、クリス·カイル。

彼は、ネイビー·シールズの飛び抜けた攻撃手だ。家長であり、夫であり、父親だった。

戦争が、彼の全てを変えてしまった。

銃弾が飛び交う戦場でも、軍人が敵を掃討出来たのは、最高のスナイパーが自分達を守ってくれるという信頼の為だった。しかし神は、彼に寛容を許さなかった。

たった4日間のハネムーン、子供が生まれる瞬間も戦場を去る事が出来ない。

もはや自分が愛した男ではないようだという妻の涙にも、彼は祖国を守る為に、一人の戦友を生かす為に、スナイパーの任務を遂行するが..。

 

アメリカン・スナイパー 感想

アメリカン・スナイパー 感想

“アメリカン·スナイパー”は戦争映画ではあるが、スナイパーの心理に、焦点を当てた映画です。軍人だが、家長であり、夫でもある、父親でもある、一人の男性の活躍と葛藤、そして切ない死まで見せてくれます。

戦争の残酷さはもちろん、戦争で犠牲になった人々だけでなく、戦争によって経験する米軍の内面的な葛藤、戦争後にも、まともに生きられなかった人々に対する切なさを見せてくれる映画です。

実話ベースの映画を多く作るクリント·イーストウッドらしく、この映画も実在したネイバー··シールズの伝説的な狙撃手の物語です。

予告編の雰囲気は無味乾燥そのものでした。画面の転換も、非常に静的なホワイトであるホワイトアウトを使って、戦争の残酷さと狙撃手が経験する心理的な苦痛を、観客にそのまま感じさせようとする意図と思われます。

 

この映画が登場した2014年、1930年生まれのクリント·イーストウッドは84歳でした。

クリント·イーストウッド監督は、相変わらず品格の高い映画をスクリーンに具現し、最近までも”ジャージー·ボーイズ”(2014)、”ハドソン川の奇跡”(2016)、”15時17分、パリ行き”(2017)、”リチャード·ジュエル”(2019)など製作、監督、更には直接主演まで受け持って大活躍しています。クリント·イーストウッド監督は、60年代後半から俳優活動をし、1971年、監督デビューをしたが、この頃、彼の年齢は40代前半で、”ダーティハリー”(1971)でマッチョスタイルのキャラクターで本格的に注目を集め、”ダーティハリー”シリーズに続いて、1992年製作、監督、主演を引き受けた”許されざる者”で、オスカー賞を獲得しました。

クリント·イーストウッド監督は、このように遅くまで世の中に認められたが、以後、”パーフェクト·ワールド”(1993)、”マディソン郡の橋”(1995)、”目撃”(1997)、”スペースカウボーイ”(2000)、また稀代の傑作”ミリオンダラー·ベイビー”(2004)で、もう一度オスカー賞を受賞したのに続き、”父親たちの星条旗”(2006)、”硫黄島からの手紙”(2006)、”グラン·トリノ”(2008)、”人生の特等席”(2012)に名実を連ねて、名実共に生きている伝説として名付けられました。

「ベテランは生きている」を超え、ベテランの年齢と知恵、そして誠実さと誠実さを見せ続けているクリント·イーストウッドに、尊敬を送ります。この方の前では、「年齢の為、何も出来ない」という言い訳が出来ません。

 

本作は、本土のアメリカで好評を博しています。クリント·イーストウッドならではの色合いが付いた良い映画など、高評価が出ています。映画のテーマは<クリスの英雄的な姿>ではなく、<戦争の残酷さをクリスが変化する姿>を通じて、伝える事なのです。クリスが4度の派兵を経て、戦争機械のような姿に変貌する姿を見せ、そんな姿に対する心配は、妻の視線でも描かれます。

この映画の本当の問題は、厳然たる米国の侵略戦争であるイラク戦争を、侵略者の視線で美化する事にあります。例えば、映画に登場する最初の戦闘であるファルージャの戦闘は、単に子供を利用して、自殺突撃をする卑劣なテロリストとの戦闘という事だけであるが、その原因を考えると、2003年に米軍が平和デモを行ったファルージャ学生と市民に銃撃を加え、その後ファルージャで急激に増加した反米勢力と米軍の間で起きた戦闘であります。05年のオックスフォード調査団の報告書によると、このデモでファルージャ市民20人が死亡し、85人以上が負傷したが、衝撃的なのは、死亡者のうち3人が10歳にもならない子供達でした。

また、映画で最大の悪役を演じるアブー·ムスアブ·アッ=ザルカーウィー氏も、本来米軍がイラクを攻撃しながら混乱が生じるまでは、イラクでは一度もテロをした事がなく、純粋にイラク戦争のおかげで勢力を育てた人物でした。しかも、アブー·ムスアブ·アッ=ザルカーウィー氏が所属しているアルカイダは、イラク戦争が起きる前はイラクに支部さえなかったのです。

 

クリス·カイル

米国史上、最も致命的な狙撃手。 <160人以上の敵軍を射殺した伝説的なアメリカン·スナイパー>。

クリス·カイルは、自分の国の米国と戦友の為なら、いかなる危険も厭わない、骨の髄まで軍人である人物なのです。公式166人、非公式255人の史上最多狙撃記録を打ち立て、味方には英雄になり、敵軍には多額の懸賞金がかけられた悪魔のような存在でした。

幼い頃から、自分の使命を羊飼いする犬に決めたある少年は、アメリカのネイビー·シールズとなり、アメリカの戦争英雄になります。最初の派兵の時から大活躍をしたクリスは、これを基点に生涯を終えるその瞬間まで、仲間、先輩後輩、国家、更に敵軍から、<伝説>という新しい名前で呼ばれるようになりました。いや、彼がこの世を去ってからずいぶん経った今日までも、彼は私達に”クリス·カイル”という名の代わりに、あらゆる賛辞と共に”アメリカン·スナイパー”として、記憶されています。

クリス·カイルは、1999年から09年まで米海軍特殊部隊ネイビー·シールズで服務しました。クリスは、功労で銀星武功勲章、同星武功勲章など多数の勲章を授与されました。

彼は、イラク戦争に参戦し、反体制派は彼に8万ドルの懸賞金をかける程、”ラダミーの悪魔”というニックネームで有名でした。彼の狙撃実力は、1920メートルで正確に標的を当てる程、名射手だったといいます。

彼は、ある家庭の夫であり父親でもあったが、戦場が彼を呼んだのです。妻は「火の蛾は結局燃えて死ぬ」と涙で訴えたが、またも戦場に戻ったのです。使命感と戦友愛の為だというが、この映画が全世界で話題になったのは<PTSD>といって、戦争による<外傷後ストレス障害>でした。彼が銃口を向けなければならない人々には、子供を含む民間人も含まれています。軍人である前に、人間である為、引き金を引く瞬間に、自分の判断に対する疑念と葛藤が生じます。

中東に派兵された米軍主人公の淡々とした姿を通じて、戦争の残酷さを見せてくれるという点で、”ハット·ロッカー”(2010)とも似たような感じがします。”ハートロッカー”の主人公であるジェームズは、狙撃手ではなくEODではあるが、その刺激感を忘れる事が出来ず、戦場に復帰するPTSDとも解釈出来る行動を見せているからでしょう。作中のクリス·カイルも原因は違うが、これと似た行動を見せています。しかし、この映画で描かれたクリス·カイルは、それなりの信念を持っているように描かれ、映画の後半には戦争に対する幻滅を表し、最終的に日常に復帰する反面、”ハット·ロッカー”のジェームズは、特別な目的もなく最後まで日常に復帰出来ず、戦争中毒になった姿を見せてくれます。

 

映画では、クリス·カイルを始め米軍が、味方を無残にも殺していく相手の狙撃手ムスタファと、自分の子供にも銃を持たせる女性に向かって「悪魔」と称しています。クリス·カイルは、子供に手榴弾を握らせた母を見て「あんなに悪魔みたいな奴は初めて見た」と言いました。しかし、彼が言う「悪魔のような振る舞い」とは、米軍を攻撃するアルカイダの攻撃にも、アルカイダを攻撃する米軍の攻撃にも該当します。クリス·カイルの同僚が、敵軍を<悪>と表現する彼に、「悪は何処に行ってもいるよ」と声をかけるのもこれと一脈相通じる点なのです。

戦争こそ善と悪の境界が曖昧になる、善が悪になり悪が善になる無秩序の世界だと考えます。米軍には、自分達の武力行為が善であり、敵を射殺するのが善だが、反対に、イラク軍と民間人には米軍の全ての行為が悪として受け止められるだけです。

その中に、人間はいません。敵軍と民間人の容易でない区別によって苦しみ、負傷して死んでいく仲間を見て恐怖に震え、自分の家族と同じ位の年齢の児童、女性、民間人を射殺し、自分が持っていた人間の良心さえ毎秒死んでいく所、人間性は容認されないままただ命令に従う兵器であり、武器になってこそ生き残る事が出来る所が、まさに戦場なのであります。もしここだけが戦場なら、クリス·カイルは何故、戦役後もアメリカン·スナイパーとしての生活から、人間クリス·カイルの生活に戻る事が出来なかったのでしょうか。

私は映画を通して、兵器第1号クリス·カイルの生涯から、人間クリス·カイルを探そうとします。彼は狙撃手ではなく、人間として、記憶されるべきです。映画に登場する全ての人物が、戦争の被害者である事を強調し、人間、国家、地球共同体という3つの次元で、戦争の悲劇を告発し、世界平和に向けた世界的連帯としての国際人道法の重要性を再認識したいです。

戦争現場でただ、誰かを守る事から、自分の存在価値と人生の理由を探さなければならなかったクリス·カイルは、派兵期間が終わって家に帰っても、彼にとって戦争は終わっていません。結局、第4次派兵まで終えて家族に完全に戻りました。しかし、最も優れた軍人だった彼が、社会で民間人として適応する事は、思ったより容易ではありませんでした。

新生児室で泣いている自分の娘の面倒を見てくれない看護婦に大声を出し、幼い子供と遊んでるだけなのに噛んでるような犬を見て、怒りを抑えきれずに殴ろうとするクリス·カイルの行動を見ると、誰かを守らなければならないという事が、まるで義務であり、負担だと認識している事が分かります。

この他にも、クリス·カイルと報勲処の福祉センターにいる退役軍人の姿を見て、どれ程多くの参戦軍人が、外傷後ストレスと不治の障害で苦しんでいるかを知る事が出来ます。人間の良心を諦めて、武器になった彼らが、人間が生きる世界から、再び人間に戻る過程が簡単なはずがありません。もしかすると、彼らにとって、参戦後の人生もまた対象だけが変わった戦場に違いないのです。

心的外傷後ストレスを酷く病んだクリス·カイルは、夫であり父親として定着し、社会で自分に出来る事を探して適応しようとし、家族の愛と医師の助けである程度回復して、依然として自分だけの戦場で、孤軍奮闘する他の参戦軍人の回復を助け、そのうち一人の参戦軍人の銃で、衝撃的な死を迎えます。戦場では、彼は銃で自分と戦友、そして国まで守ったが、いざ安全そうに見えた社会では、自分も家族も、最後まで守る事が出来なかったでしょう。

一緒に意を共にし、敵軍と戦っていた仲間を殺したとして、クリス·カイルを殺した参戦軍人を、殺人者だと非難する人も多いが、私はクリス·カイルの死も、クリス·カイルを殺した参戦軍人も、残念で心が痛みます。クリス·カイルを殺した参戦軍人も、深刻な外傷後ストレスを患っていました。

クリス·カイルの、不憫で悲劇的な死への非難の矢は、彼に被弾した参戦軍人に返されるべきではなく、戦争という人類の暴力的で、非道徳的な行為に返されるべきです。もし、彼らが戦争に参加していなかったら、彼らが軍人として、兵器として、武器として生きなければならなかったら、彼らは死後、誰かの父親として、誰かの夫として、誰かの息子として記憶されるでしょう。

映画を見て私が見つける事が出来た人間クリス·カイルは、愛国心が溢れ、誰よりも家族を愛し、人間である自分と人間でない事を要求する現実の中で、生じる果てしない乖離感に、苦しんでいた平凡で弱い人間に過ぎなかったのです。これ以上国家は、一人の人間の愛国心を、誰かを愛し守ろうとする健康な心を、戦争という悲劇を合理化させ、自ら人間になる事を放棄し、武器になる事を強要する誤った聖戦になってはなりません。

 

クリス·カイルは、何の為に誇らしい米軍になったのでしょうか。彼が命を捧げた米国は、何の為に彼を戦場に行かせたのでしょうか。

映画の序盤、クリス·カイルの幼年時代を見せながら、彼の父親の口を借りて、3つの人間の部類を語ってくれます。羊、オオカミ、羊飼いは犬。羊は悪の存在を信じていない為、闇が降りて来た時にやられる人であり、狼は力で自分より弱い者を苦しめる立場であります。そして最後に、神の祝福を受け、狼に立ち向かって弱い者を守る力を持つ人々は、羊飼いする犬であります。

クリスは羊飼い犬としての使命を選び、米軍になります。彼は、最高の狙撃手になって仲間を守り、時には、復讐心に燃えて報復もし、時には子供や民間人を殺して罪悪感を感じる事もあるが、この全てが自分の国を、家族を守る事だと思い、自らを慰め、誇らしい米軍と言います。しかし私には、そういう彼の口の中に、苦々しく苦しい彼の心が見えました。果たして彼は、羊飼い犬として生きているのでしょうか。彼が命を捧げて、守り抜こうとする米国は、羊飼い犬でしょうか。

実際、クリス·カイルが活躍した戦争は、2001年にニューヨークで起きたテロ事件以降、米国が対テロを標榜し、アフガニスタンの次にイラクを攻撃したイラク戦争です。米国の武力攻撃で米軍117人、英国軍30人が戦死し、400人以上が負傷したといいます。また、民間人1250人以上が死亡し、6000人余りの負傷者が出て、1万人余りのイラク軍が捕虜になり、少なくとも2000人が戦死したといいます。

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最も強い動機となった凄惨な9·11テロによって、言葉では言い表せない国家的な悲しみと堪え難い怒りがあったという事は、十分理解出来るが、それに対する解決策として、戦争を選択したという事は、もう一人の民間人犠牲者を作る事が出来るという事であり、クリス·カイルのように、戦場に向かって、自分の意志と違うように殺人をし、一生抱き締めなければならない身体的·精神的な苦痛を与えるのではないかという事は、結局、数多くのクリス·カイルを生み出す事になりました。

そう考えた時、クリス·カイルは自分の国の痛みに憤りを感じながら国を守り、仲間を守る為に命をかけて戦ったが、いざ彼が守ろうとしたその国は、狼に立ち向かって、弱い人々を守ろうとした羊飼いは犬と言えるのか、同じ狼になってしまったのではないかという気がしました。

 

クリス·カイルは、国を守るという使命を追って狙撃手となり、味方を守る為に多くの人を殺しました。しかし、映画で見るように、誰かを守ったという事実から来る喜びは、それほど長くは続きません。戦場に投入される前までは、誰かが彼に「実際の人を撃つ時を考えてみましたか」と尋ねた時、彼は笑いながら「うまくやり遂げる事を祈るべきでしょう」と、ひたすら自分の狙撃実力だけを心配したが、いざ彼が直面した戦場は、それ程単純な状況ばかりではなかった為です。

彼が直面した戦争という悲劇は、味方を守り抜いたという喜悦と愛国心だけで堪えるには、あまりにも残酷でした。何の状況も知らず、大人によって、更には彼の両親によって握られた爆弾を運ぶ子供に向けて、銃口を向けなければならず、自分の行為が敵にとって、脅威になり得るという事実を知っているにも関わらず、ひとまず生きる為に、自分の家族を守る為に、戦争に加担する民間人に向けて、引き金を引かなければならなかった。クリス·カイルの敵も結局、大切な人を守る為に、戦っている事を知ってたのです。

 

実は、映画の制作中で、クリス·カイルは生きていました。制作陣と映画台本について、話して一緒に修正もしていました。

クリス·カイルにとって、兵士という職業、そして戦友は、彼の人生が全てだったという気がしました。クリスが、人生の目標に向かって、懸命に生きてきた事は確かでした。

多くの人の頭の中に残っている”アメリカン·スナイパー”の”クリス·カイル”、これからは、彼を人間”クリス·カイル”として、存在させるべきではないでしょうか。

 

国際人道法

国際人道法は、このような子供とクリス·カイルの両方を、保護する為に作られたのです。誇らしくない人間になってしまったクリス·カイルと、そんな彼の銃口を忘れる事の出来ない人々の人生を守ってくれる事。

21世紀の今を生きている私達にとっては、ただの夢のような話だが、地球の何処かの誰かにとっては、現実となる戦争、全てを破壊する戦争の中で、誰かを守るこの方法は皮肉な事だが、必ず必要な法律に違いないでしょう。

国際人道法とは、人道主義的理由により、武力衝突の影響力を制限する為の一連の規則を言います。これは、敵対行為に加わらなかったり、戦闘能力を喪失したりした人々を保護し、戦闘手段や方法を制限します。

映画”アメリカン·スナイパー”は、こうした国際人道法に関して、重要な問題点をいくつか露呈しています。

第1は、戦争中の民間人保護に関するジレンマです。

国際的な武力衝突の状況で、戦闘員達は、合法的に戦闘に加わる事になります。彼らは、国際人道法を遵守する限り、武力衝突時の武力使用、暴力行為を犯罪とする責任を負いません。したがって、クリスが手榴弾を持って米軍に突進する子供を狙う事も、武力衝突時の合法的な行為だと言えます。しかし、武力衝突の当事者らは、民間住民や民間物資保護の為、民間住民と戦闘員とを区別しなければなりません。民間住民は、攻撃の目標になってはならないからです。

この状況で、クリスは手榴弾を持った少年と女性が民間住民なのか、戦闘員なのかを僅か数秒で区別しなければならない危険負担の圧迫を、経験する事になります。それだけでなく、急襲した民家の主人が、イスラムの名節を記念して、米軍に食事をもてなすと言いながら、艦艇を仕掛けた場合のように、戦場で民間人と戦闘員を区分する事は、実に容易ではなさそうです。

第2の争点は、児童病に関するジレンマです。

武力衝突において、児童は民間人と同様、一般的な保護の対象として戦争の影響から保護されなければなりません。また、国際的な武力衝突の際、国は15歳未満の児童を、軍隊に徴集する事を禁じています。それだけでなく、組織化された武装集団は、いかなる状況でも、18歳未満の人を徴集したり敵対行為に利用してはならず、国家はこれを予防する為に、可能な限りあらゆる措置を取らなければなりません。

しかし映画には、米国軍隊の攻撃に利用される子供達が登場します。このような状況で、戦争に利用される子供達をどのように保護出来るのか、彼らが戦争に加わったとしても、自分の本当の意思による戦争当事者と見るのか、そして彼らが敵対行為に直接加わった場合、保護される地位を全て失うと言えるのかが問題になります。

第3は、PTSDに関するものであります。

国際人道法は、武力衝突の影響力を制限する為の規則であり、戦後に関係する人々の共存を、可能にする役割もします。こうした観点から見ると、軍人のみならず、戦争関係者のPTSDに対する関心と、それを克服する為の努力が必要であります。例えば、クリスは故郷に戻ってからも、心と精神は戦場から帰らず、日常生活で困難を経験します。戦争は、誰にでも深刻な精神的衝撃とトラウマを残し、これは簡単には克服出来ません。

したがって、国際人道法では、武力衝突の状況における民間人の保護のみならず、戦後<精神的侵略>を受けた人々の保護についても、深く取り扱わなければなりません。

現代国際法の目的は、従来の<消極的平和(negative peace)>から<積極的平和(positive peace)>に、<peace keeping>から<peace building>に、移行する傾向にあります。そして、国際法規律の対象面では、従前の政治·軍事、そして外交問題から経済、社会、文化、人権、難民等の領域に至るまで広範囲に広がっています。

このように、国際法の基本要素が、人類愛と人間の尊厳性を重視する<人道主義的>概念を重視する傾向にあります。このような積極的平和と、<peace building>にとって、国際人道法は非常に重要な役割を果たす事が出来ます。いかなる形の戦争であれ、哲学的問題や政治的問題を始め、様々な利害関係が絡んでおり、解決策を見つける事は難しいでしょう。しかし、これによって発生した犠牲者と災難者を現実的に救済する事は、国際人道法を通じて、十分に実現出来るでしょう。

結局、映画が私達に見せてくれるのは、戦争が私達にもたらす残酷な状況と、軍人の内面的な傷と外面的な障害など、不幸な事を知らせてくれます。戦争が起きてはいけないが、それでも、戦争で犠牲になる人々を救う為にも、<国際人道法(IHL)>の趣旨に沿って、民間人の保護に力を入れなければならず、これを施行する為には、国際社会の協力が必須だという事を、改めて考えるようになりました。

 

ネイビー·シールズと市街戦での戦場

第1次イラク侵攻において、ネイビー·シールズの役割が称賛を受けています。砂漠の暴風作戦、すなわち戦車が砂漠を横切って、イラク本土に集入するには、多くの障害物を除去しなければならないが、そのような部分をネイビー·シールズが担当したといいます。

戦車軍団が進撃する前に、F15、F16などの最新鋭戦闘機や戦闘爆撃機などが、イラクの主要軍事施設を攻撃し、ペルシャ湾一帯の軍艦がクルーズミサイルなどを発射して、イラクの士気を喪失させた事は、リアルタイムのニュースで伝えられ、知らない人がいない程、全て知っている話です。

しかし、1991年1月、連合国がイラクを侵攻する湾岸戦争の初期には、このような最先端兵器も衛星だけで、作戦を遂行する事は難しかったのです。技術も確信出来なかっただろうが、イラクの兵器水準や敵陣の状況を、100%確信する事が出来なかった為です。この時、敵陣の奥深くまで侵入し、爆破や地形に関する情報を提供したのが、特殊部隊ネイビー·シールズだというのです。

この映画によって、ネイビー·シールズ隊員のプロらしい姿が、随所に見られました。戦闘状況で混乱に陥った海兵隊員達とは違って、ネイビー·シールズ隊員達は、終始一貫して落ち着いた対応をし、前半、海兵隊員達が家屋を捜索する場面を見かねたクリス·カイルが、直接出てCQBを指揮したりもします。甚だしくは、戦闘開始前にしていた冗談を言うのを、戦闘が終わってから続ける場面が出る程です。クリス·カイルは、ムスタファが発射した銃声だけで、おおよその座標まで算出する凄まじい能力を見せてくれました。

ネイビー·シールズが、有名なのはチームワークだけでなく、個人それぞれの能力が優れている事にも、重要な意味があります。銃や刀を扱う能力から狙撃、爆破などの多彩な分野でも、独自の任務遂行が可能だという事なのです。

映画でクリス·カイルが、病院で傷痍軍人達と会って話を交わし、射撃場で射撃を教える場面があるが、この場面に登場する傷痍軍人2人は、実際に傷痍軍人出身者で、切断された脚や傷跡は全て、実際に彼らが負った負傷なのです。この2人は、米陸軍出身のBryan Andersonと米海兵隊出身のJacob Schickであり、イラク戦争でIEDによって大きな負傷を負い、リハビリ治療を経て、今は社会運動と俳優活動などをしています。

 

そして、市街戦で進撃する米海兵隊兵士達を援護する役割を果たしており、米国で英雄と称えられる人物を描写した映画なので、全体的に軍の支援を受けた痕跡が見えます。戦場は主に、イラクのファルージャのような市街地を描写しているが、イラク戦がリアルに描かれており、市街戦で歩兵が経験する難関もよく描写しています。

特に、市街戦で行われる様々な状況は、一般的に知られていた戦闘状況とは全く異なります。タリバンは軍服を着ておらず、戦線も明確にありません。更に、民間人が堂々と居住している市街地の中で、戦闘が行われ、女性と子供達も 戦闘にしばしば参加する姿が、見る人を悲しませます。

多くの戦闘中、死線も多かったです。彼の分隊が敵陣に入った時、彼が悪名高い反軍狙撃手ムスタファを狙撃して倒すまでは良かったが、敵に分隊の位置が明らかになり、皆殺しにされる危機もありました。イラク戦は、誰が敵なのかも不明確で、戦線が別にある戦争ではなく、何処から銃弾が飛んで来るか分からない、危険な戦線でした。

クリスの対称点に立っているムスタファという反軍側の狙撃手は、五輪射撃金メダルリストという強力な経歴の保有者として知られています。実際、イラク戦争当時、米軍を苦しめた”ジュバ”という名称の狙撃手が活動した事を考慮すれば、彼を描写したキャラクターと見る事が出来ます。ムスタファはFPKとSVDをメインに使い、クリス程の優れた狙撃力を見せてくれます。皮肉な事に、クリスもムスタファも、子供を持つ家長という共通点を持つ設定です。

 

“アメリカン·スナイパー”は、クリント·イーストウッド監督の戦争アクションの叙事物だが、巨匠の名に相応しい秀作で築き上げ、ランニングタイムの2時間10分あまりの間、<英雄とは、またその英雄は何の為に生まれたのか>を、穏やかながらも、伝えるべきメッセージとして、表現されています。

戦争に参戦した軍人達が経験する後遺症が、どれ程大きな痛みを抱えて、帰って来るかを感じさせます。また、狙撃手が経験する苦痛など狙撃手について、戦時状況での軍人という職業に与えられる心理的な圧迫とストレスを、非常に綿密に描いた映画でした。

いつものように、戦争映画を見る度に感じる事は、人生の虚しさです。

武器を持った敵を生かしておけば、我が味方が死んでいく戦場では、当然始末しなければならない存在であって、この映画は、米国英雄スタイルの映画ではあるが、感情線の処理も上手く、吸引力が高かったです。

個人的に映画が、クリス·カイルの一生や性格などを、上手く表現したと思います。

戦場の緊張感がよく表現されており、派兵期と休息期に流れる仲間や、家族の間に流れる微妙な感情線も上手く捉えています。実際、派兵される家族や、この多い米国人には、更に感情移入が進んだ事でしょう。実際にスナイパー達が、この映画を見て、感嘆したそうです。

短距離銃撃戦や短剣術を見せてくれる他の映画とは違って、狙撃術を見せてくれる為、一味違った雰囲気を演出したりもします。ある意味、狙撃映画の教科書とも言えます。

そして、衝撃実話という言葉が、ぴったりの結末の映画です。

私達は、戦争を経験した世代ではありませんが、未だに戦争を経験している人々がいます。まさに、現役の特殊部隊です。

今もなお、世界のあちこちで紛争や戦争が起きている趨勢です。その為、ネイビー·シールズやデルタフォース、デブグルのような特殊部隊が必要です。彼らが、世界平和秩序の維持に貢献し、依然として多くの軍人が、命を賭けています。

 

アメリカン・スナイパーのまとめ

クリス·カイルは、戦場で勇猛をふるいます。特殊部隊員として敵に圧倒的な戦闘力を見せ、味方の強固な守護神になります。守護神のようなクリス·カイルは、数回派兵の間に仲間を失ったり、子供を死傷したり、軍人として、経験する様々な葛藤を見せてくれますが、映画はそのような軍人の苦悩をよく見せてくれます。

映画の演出が、映画の巨匠クリント·イーストウッド監督だからでもありますが、ブラッドリー·クーパーの演技は、本当に名品です。苦悩に満ちたスナイパーそのものでした。

ブラッドリー·クーパーは、既存の本人のキャラクターを完全に捨てて、深淵あるいは苦痛を強いられるであろう戦争英雄の道を、観客に没頭させる素晴らしい演技力を見せてくれました。実在人物クリス·カイルの外見とそっくりに見えるように、体重を18kg増やしたといいます。

私達は仲間を見捨てない。そしてお互いの命を守る為に戦う。戦争に立っている人は、それこそ秋風の落ち葉のように一気に倒れたり、そのようにして、祖国の呼びかけの肥やしとなって消えたりします。

正義というものについて、もう一度考える事になります。誰でも命を失いかねず、また戦わなければならない瞬間が来ます。だとすると、我々はどのような方法で戦わなければならず、何故戦わなければならないのかもよく知るべきだと思います。

ネイビー·シールズという米軍最高の精鋭部隊ですが、全ての特殊部隊員が銃弾を避ける事は出来ません。どんなに強い人でも、武器の前ではただの弱い人間に過ぎないのです。戦場の中の軍人は、それを克服する為に生きて行き、また努力しています。

考えてみましょう。愛する戦友が目の前で撃たれて死んでいくのに、何も出来なかったり、あるいは戦友を後に置いて帰る時、皆さんはどうするつもりですか。

戦友の為に、命を賭ける事が出来ますか。軍人は、そう出来る存在です。

特に、伝説的な特殊部隊であるネイビー·シールズやデルタフォースなら、人間性を十分にかけて選び抜いた精鋭部隊なので、必ず任務を全うするが、それでも犠牲者は避けられないという事を、映画は赤裸々に示しています。正義を守る為に、今日も軍人という名前で軍服を着ている人々に敬意を表し、最近特殊部隊への関心が高まっていますが、準備している方には、”アメリカン·スナイパー”は見るに値します。

 

私達が最近、映画でよく見る”アイアンマン”、”キャプテン·アメリカ”、”スーパーマン”、”バットマン”などのヒーローではなく、真のアメリカの英雄を描いた映画です。

アメリカでは、多くの人々の命に責任を負う仕事をする人々に、心を込めて尊敬しています。大部分の英雄達は、世界を救う役割を果たすが、彼らの目にはそんな英雄達が軍人であり、警察であり、消防士であります。

そんな彼らにとって、”アメリカン·スナイパー”の”クリス·カイル”は生きた英雄であり、葬儀には国家が最大限彼に敬意を表しました。映画の最後に登場する、実際に行われた彼の葬式を見ると、他国の国民であるにも関わらず、彼を尊敬する程、確実な礼遇を与えます。

このように、本人を捧げて、世の中を変える人々が、世の中に存在します。自分と周りの人達を、そんなにけなす事にも関わらず、彼らに持続的に、その仕事をさせる原動力は何でしょうか。彼らに対する感謝と尊敬ではないでしょうか。

そのような面で、米国という国は先進国であるほかないと考えます。きつい仕事をする人々に敬意を払い、社会を維持させます。自分を犠牲にする仕事をする人は、誇りと成就感という補償を受ける事になります。これは恐らく、正義社会への道の1つになるかも知れません。

正しい社会に対する正確な定義は下せないが、この映画を見て、一つは確実になりました。国の為に、犠牲にした人々に対する待遇は、正義な社会への一歩になり得ると。

戦争は正しくない。

 

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